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高松高等裁判所 昭和36年(く)26号 決定 1961年11月28日

少年 T(昭二一・一二・二〇生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は記録中の附添人弁護士佐竹晴記名義の抗告趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨第一点について。

所論要旨は原裁判所は、審判期日において少年に対し非行事実を具体的に告げて陳述を求めこれを検討することをせず、又証拠調もなさず、これは審判手続に違反するものであるというのである。少年保護事件の審判は刑事裁判と異なり訴訟ではないから対立当事者の観念はなく家庭裁判所が一定の期日場所において、少年の保護者附添人等と共に、非行少年の健全育成を目的として、既に調査段階(審判開始決定前の手続を総称)において得た資料(非行事実の証拠は勿論少年の処遇上参考となるその他一切の資料)、或はその後必要と認め審判中新に調査した資料に基づき、非行の実体と原因を診断し、その治療教育の方法を発見するための審判手続で、裁判官は調査段階における資料により審判に付せられた非行事実の有無、その動機、態様、その他少年の経歴、環境等を調査検討の上、審判期日に臨み、一方少年も警察官、家庭裁判所調査官、少年鑑別所技官等の調査を受くる際非行事実につき尋問或は陳述を求められること等より審判に付せられた非行事実を十分熟知し居るもので、裁判官はこれを念頭に置き審判期日においては、事宜に応じ、或は具体的に、或は抽象的に審判の非行事実を告げて陳述を求め、更に必要があれば既に得た証拠の結果を告げてそれに対する陳述或は反証を保し、或は新たな証拠調をなし、必要なくばこれ等の手続をなすことなく、審判をなし得るもので、その間審判手続に所論のような特段の制限はなく、これを本件についてみるに、裁判官は事件受理後引続き同一裁判官で審判開始決定も自らなし居り、従つて調査段階における資料を十分調査検討の上、審判に臨み居ること明らかで、一方少年も司法巡査及び調査官の尋問或は調査を通じ又原裁判官より保護観察決定の言渡を受くる際非行事実も告げられて居り、審判に付せられた非行事実を具体的に十分熟知して居り審判期日においても、これに対する陳述の機会を与えられたこと一件記録により明白であり、又審判期日において証拠調を行つてないこと附添人指摘の通りであるが前記の通り少年審判は対立裁判で無いので原審裁判官が特に証拠調の必要なしとの裁量に基づきその挙に出なかつたものと推測され、記録を精査するも新たな証拠調、或は既に得た証拠の結果を告げてそれに対する陳述或は反証を保さねばならぬ事由も発見することが出来ないのでその処置は当然と言うべく、本論旨は理由が無い。

論旨第二点について。

原裁判所は審判期日において少年、保護者、その他関係者を退席させた上調査官より「少年院送致然るべし」との意見を聞き、これを退席者に告げず従つてこれに対する退席者の見解も聞かず或は新たな保護対策の途を講ぜしめず調査官の意見通りの「少年院送致」の審判決定をしたのは少年法の精神を無視し少年の保護に欠くるものであると言うのである。裁判官が審判期日において少年及び出席関係者を退席させ調査官の意見を聞きたるときは、再び退席者を入れ調査官の意見の結果を告げこれに対する見解を求め、要すれば新たな保護対策を講ぜしめることこそ、少年法第一条の規定する少年法の根本精神に合致し又同法第二二条第一項少年審判規則第一条第二項の審判の方式にそうところで、かくあらねばならぬこと論旨の通りであるが、他面これがため本人或は関係人に不必要な心理的悪影響を与え或は少年の情操を害するような場合には巳むなくその措置に出でないこともあり得べく(同規則第三一条参照)、これも又前示少年法の根本精神ないし審判の方式に関する法意に合致するもので、これを本件についてみるに、原裁判所は論旨の通り審判期日において少年及び関係者の退席を求めて調査官の意見を聞きその結果を退席者に告げることなく審判決定を為し居るが、これは前示後段の事由により巳むなく採つた措置と考えられ、一件記録によるとこの措置も十分首肯し得べく又これが為め少年の保護に欠くる処ありとは認め難いので、本論旨も理由が無い。

論旨第三点について。

所論は原審処分は不当であると主張するものであるが、少年には原裁判が情状及び措置の項で詳細説示のとおりの状況にあり、所論の事由を勘案するも、本件少年については在宅保護による矯正補導は到底その効果を期待し難く少年の将来の保護のためには、むしろ施設収容による保護に俟つほかないものと思われるので本論旨も採用することが出来ない。よつて少年法第三三条第一項後段により主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 加藤謙二 裁判官 小川豪 裁判官 雑賀飛竜)

別紙一 (原審決定) (高知家裁 昭三六・一〇・三決定)

主文

少年を初等少年院に送致する。

少年に対して昭和三十六年四月六日当裁判所がなした少年を高知保護観察所の保護観察に付する旨の決定はこれを取消す。

理由

本件非行事実

別紙一覧表記載の通り(別紙略)

罰条

各事実について刑法第二三五条(更に一乃至四及び一〇乃至一七の事実について同第六〇条)

情状及び措置

調査審判の結果、少年には資質及び環境の両面に亘り種々、問題のあることが判明した。

その主要な点を摘記すると下記のとおりである。

一 少年は反省心にかけ、自己の非行につきこれを悔い改めるという態度がみられない。すなわち、少年は昭和三十六年一月以来本件検挙迄の間に、窃盗非行により警察に検挙されること四回、家庭裁判所の審判を受けること二回に及び(昭和三十六年四月六日保護観察、昭和三十六年六月二日不処分)反省の機会は度々与えられているが、少しもその効なく、次々と非行を繰り返したものである。本件は前件による調査審判の日の前後にまたがり、しかも極めて近接した日に犯された非行であり、これまで関係機関によつて採られて来た保護的措置が全く無駄であつたことを物語つており、少年の非行性の進度は今迄のような微温的な措置で対処し得る段階ではないように思われる。

二 本件は夜おそくまで営業する飲食店等を早朝に襲い、予め用意した合鍵を使用して電話料金箱から金員を窃取した事犯が主であり、計画的で悪質な非行である。

三 少年は次々と悪友を作り、互に誘い誘われて非行を犯して来ており、他少年への影響も大きい。

四 少年は意思薄弱で、発揚性及び自己顕示性が強く、軽卒で向う見ずな行動をとりやすく、情緒面でも不安定で落付がなく、持続恒常性を欠く。また被影響性が強く、自主性や一貫性のない行動に出やすい。

五 家庭は父は老齢かつ中風にかかつており、母は飲食店の営業に多忙であり、ともに少年に対し十分な保護を加えることができない。かつ母は少年が盗取して来た賍品を他に売却してやるなどの行為があり、不注意、無関心で保議者としての適格が疑われる。

六 保護者は少年を○○郡○○町の少年の伯母宅にあずけ、環境を変えて更生さしたい旨述べているが、少年のこれまでの行状並に上記性格から考え、かかる措置には全然期待がかけられない。

よつて少年に対する措置につき考えるに、少年が上記のように改善困難と思われる種々の問題を有することから考え、再非行の危険性は相当高度であるというべく、在宅保護による更生には全然期待が持てないので、少年を初等少年院に送致してその更生を計ることとし主文のとおり決定する。

適条

主文第一項少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条

同第二項少年法第二七条第二項

(裁判官 宮崎順平)

別紙二

(抗告趣意書)

少年T

右少年に対する窃盗保護抗告事件につき、抗告の理由を次の通り申述する。

第一、原決定には審理不尽、独断の違法がある。

(1) 審判調書を見るに、人定質問の上、「少年陳述の要旨……事実は何れも送致書記載の通り間違いない」とあり、次で「保護者の陳述要旨」「出席者○川○士の陳述要旨」の記載があるが、非行事実それ自体に関するものではなく、非行の具体的事実がどのようなものであつたか、またその内容が果して少年法第二四条一項、一号乃至三号のいづれに当るかの尺度を決定するに足る事実関係については何ら審理せず、またその証拠の取調べもしていない。

家庭裁判所における審判決定は少年を刑罰に処するのではないにしても、少年院に送つて、その自由を拘束することは刑罰に準ずる重大な事柄であり、その手続は書面審理によるでなく、審判を必要とすることが定められている以上、その決定は審判手続によつて、非行事実の有無を証拠に照して認定した上でなければならないことは当然のことである。而も本件少年は僅かに十四歳であり、保護者が出席しただけで、附添人(殊に弁護士である附添人)は選任されていないので、少年や保護者の無防禦状態のまま、少年の主張や証拠は一切閑却され易い実情の下で審判が行われているのであるから、裁判官より進んで非行の具体的内容を問い質し弁解の機会を与え、有利な証拠があればこれを取上げてやらねばならなかつたと思う、少年法第二二条に審判は墾切を旨としなければならないことを規定しているのもその趣旨であると考える、しかるに原審の審判においては、事実の具体的内容を検討せず、証拠調べもしないで独断したことは全く違法であるといわねばならない。

(2) 更に審判調書を見るに、人定質問が行われ、少年が事実の概括的認否をなし、保護者が「面目次第もないが、今一度家庭で保護さしてもらいたい」と嘆願し、出席者○川○士が「責任を持つて引取り完全に更生するまで監督して見たい」と切望したあと、裁判官は、少年、保護者、出席した伯父伯母を退室させた上、田内調査官より、「前に○川方へ少年を引取つたが、脱腸の手術をするとて、三日位で帰宅している。その後手術の形跡がない、結局、性格的に伯父宅に落ちつくような少年ではない。本年四月保護観察になつた直後、今回の非行を繰返している、この際少年院に送致すべきである」との意見開陳があり、裁判官は退席者全員を入席させた上決定通り言渡したことが明かにされている。

本件は、今一度試験観察で様子を見るか、それとも少年院を送るかが問題の焦点であつて、それについては保護者が適任であるかどうかが重点であるところ、上記保護者や保護を引受けようとする伯父母の切なる願いが一蹴され、調査官の意見が尊重されて原決定となつたのである。調査官は裁判官の補助機関でもあり、調査官の意見が尊重されるのは当然であるが、調査官は少年の非行を調査するのが職務である関係上、調査官はややともすれば検察官的存在となりやすく、家庭裁判所の裁判官は、この補助機関たる調査官の報告を鵜呑みにすることによつて、恰も検察官を兼務するにも似た実情を呈するに至るので、審判に当つては、その弊に陥らないよう深く留意すべきは当然である、しかるに本件は、原審において、保護者や、将来保護を引受けようとする親籍を退席せしめ、その不在の席で、調査官より、その保護者に保護せしむることは適当でない旨の意見を聞き、保護者や親籍の者にその内容を告げず、従つて若し調査官にして、そのようなことを発言をしたことが判つたら、保護者及び親籍としては、弁解もし、また新たな保護対策につき上申する筈であつたのに、その機会が与えられず、調査官の発言を一方的に取上げ、その意見の通り決定したのは、前叙の弊を露呈したものというの外はない。

原決定は少年法の精神を無視し、少年および保護者に防禦の機会を与えないで独断した違法を免れないものと思う。

第二、少年の非改悟前歴等に基く少年院送致の事由には誤認があり、また、その処分は著しく不相当である。

原決定は「情状及び措置」において「一、少年は反省心にかけ、自己の非行につきこれを悔い改めようという態度がみられない。すなわち、少年は昭和三十五年一月本件検挙までの間に窃盗非行により警察に検挙されること四回、家庭裁判所の審判を受けること二回に及び(昭和三十六年四月六日保護観察、昭和三十六年六月不処分)反省の機会は度々与えられているが少しも効なく、次々と非行を繰り返したものである。本件は前件による調査審判の日の前後にまたがり、しかも極めて近接した日に犯された非行であり、これまで関係機関によつて採られて来た保護的措置が全く無駄であつたことを物語つており、少年の非行性の進度は今迄のような微温的な措置で対処し得る段階ではないように思われる。二、本件は夜遅くまで営業する飲食店等を早朝に襲い、予め用意した合鍵を使用して電話料金箱から金員を窃取した事犯が主であり、計画的悪質の非行である」と説示されている。

ところが、いま一件記録を精査するに

(1) 調査官田内三郎作成昭和三十六年五月二十三日付少年調査票(D)末尾記載によれば「少年の改心の情は顕著で、今度はめいり込んでいる」「保護者は相当少年に教育的関心を払つていることが認められる」とあり、少年Tにも非行を悔い改めようとする良心の芽生えのあつたことが認められ、保護観察が「少しも効果なく」というのは当を得ていない。

(2) それなら何故、その後更に非行が続けられるようになつたであろうか、それは田内調査官作成、昭和三十六年十月三日付少年調査票(A)の(7)に「昨年末の頃から、Yの盗癖が、その交友であるT、O等に感染し、S、M、K、Aと次々に蔓延の傾向にある」とある通り、前件非行とは別な病源に冒かされた結果、折角の改悟が効果を表わし得なかつたわけで、改過遷善の精神が生れていたことは否むべくもなく保護的措置は全く無駄であつたということはできない、少年に対する匡正には余程の苦心と忍耐を要し、外科的手術で根底から切り取つて仕まうようには参らず、一、二回の注射で全治しなかつたからとて、その措置を棄て、一躍別異な強度の注射を打つことが果して、よりよき効果を収め得るかどうか疑問であると同様、而も十四歳という父母の膝下から切り離し難い少年のことでもあり、今一度、父母の愛情の下に保護せしめ、試験観察に付するという寛容さを示すことが最も適切な対策であると考える。

(3) 以上のことは本件共同非行少年であるOに対する措置と比較対照すれば一層その感を深うする。

すなわち、本件記録中の高知警察署司法巡査三谷繁幸外二名より司法警察員大野警視正宛捜査報告書(昭和三十六年七月三十一日付)これに附属する犯罪事実一覧表によればOは、T少年と共同でした非行の外単独でまたMらと共同の上十数件の非行を犯しており、その被害品は、十円硬貸の外、バナナ、手提金庫、現金硬貸、レコード、靴等の品目に及び、Oの方が寧ろ主動的であり、情状重いと見らるべき関係にあり、その前歴から見ても、OとTとは共に保護観察中のもので、Oに対しても原決定の前掲説示と同様のことがいえるにもかかわらず、O少年に対しては、今回も保護観察に止つていることに鑑みるならば、T少年だけを少年院に送致すると決したことは著しく不公平であり、不当なものであるといわざるを得ない。

第三、少年の性質性格から少年院へ送致しなければならないと決定したのは誤りである。原決定は前同四、において「少年は意思薄弱で発揚性及び自己顕示性が強く、軽卒で向う見ずの行動をとりやすく、情緒面でも不安定で落付きがなく、持続恒常性を欠く、また被影響性が強く自主性や一貫性のない行動に出やすい」と説示している。

しかし、このような性質、性格の持主であることは、それ以前からのことであり、家庭裁判所の審判に付せられ調査済のことであつて、それにも拘らず保護観察処分が適当であると決せられて来たことは記録上明白であるから、このことのために、少年院に送致しなければならないという決定的理由となることはあり得ない。

いま、今回の非行事件の共同行為者で少年院に送致しないことに決せられたOの記録を見るに、その鑑別結果通知によれば「O少年は躁うつ性、軽躁型の性格で楽天的で思慮に乏しく、皮相的、無分別、軽卒に行動し、勝気、強情、頑固、致撃的に出る、意思不定のために軽躁、放縦となりやすい」とあり、T少年と甲乙はない。却つて、T少年の中学校における情態は担当主任教員○野○○郎の具申書(本書に添付)や担当保護司川上彦太郎のお願いと題する書面(本書に添付)によれば従順でもあり、少年院に送らずとも改悟し善道に進む可能性のあることが認められる。

第四、家庭保護者の関係から少年院送致を必要とすると決したのは、事実を誤認し、また著しく判断を誤つたものである。

原決定は上記同五、において、「家庭は父は老齢かつ、中風にかかつており、母は飲食店の営業多忙であり、とても少年に対し、十分な保護を加えることはできない、かつ、母は少年が盗取して来た賍品を他へ売却してやるなどの行為があり、不注意無関心で保護者としての適格が疑われる」と説示した。

而して、調査官は前掲少年調査票(A)(14)において「T少年は初等少年院に送致するを相当とする」と述べ、その理由中で「特に挙ぐべきは保護者の態度に問題がある点である、偽瞞的にて糊塗し、保護に何らの誠意を示さず、却つて少年を悪化せしめたもので、保護能力は全くない、云々、今回もこれ位のことで絶対少年院に送致されないと鑑別技官に豪語したり、本職の調査の時にもこれに類する意味を述べて改悛の情は全く認められない」と感情的な表現をなし、「少年更生の見込があれば試験観察も考えられるが云々少年院に収容すべきである」と記録し、審判調書においても調査官は「少年院送致」を強調している。原決定はこの意見を採択した結果であることはいうまでもない。

しかし、

(1) 父は老齢で、骨折のため身体の自由が常人のようではないが、附添人の事務所へも、しばしば来訪し、本件につき熱心に依頼する程度の健康さであり、また精神は健在であり、頑固一徹といわれるがそれは正直さを示すもので、しかも血も涙もある男子である。

母親は飲食店を営んでいるが、今回のことから、仕事を制約しても保護の責任を全うしたいと誓つており、この父母を全然保護者たる適格がないというのは穏当でないいま前掲高知警察署司法巡査三谷繁幸らの捜査報告書を見れば、その三(1)に、「O少年については父親が入院療養中で実母一人が働いて少年を監護している状態であるが母親は生活に追われ、少年が多数のレコードを持つていてもそれに対して充分指導せず云々」とあるに比してはT少年の方の保護監督の方がはるかに優つていることが明かである。

(2) 原決定において「Tの母が少年の盗取して来た賍品を他に売却してやるなどの行為があり、保護者としての適格が疑われる」と説示しているのは極めて重大であり、今回T少年を少年院送致に決したのも、このことが主要な理由をなしているものと思われる。

この説示は、恐らく、調査官の少年調査票<1>本件非行の項「事実」で「Kと共謀にて窃取した女用角型一八金側時計一個(時価一二〇〇〇)はTが友人を通じ、自分の母に「拾つたものだ」と詐り、売却方を依頼し、その代金としてTが一、〇〇〇円受取つているTの母そのものに問題がある」<6>生活史の項末尾に「少年の賍品を母親売却する」とあること、並びに前掲司法巡査三谷らの報告書三<1>において「又T少年についても窃取した腕時計を少年が他の友人と共に実母に売却している事実もあり、実母は拾得したという少年の申立を信用してこれを所得していた状態で、T少年の保護者である母親も少年に対する指導には何か欠陥があるように感じられる」とあるのを過信した結果と思われるが、これは全く事実に反し、重大なる誤認である。

すなわちこの件の真相は、「少年AがT少年と共にT方に入り来り、Tの母に向い、おばちやんこの時計を拾つたから買つて下さい、というのでTの母は怪しく思い、A少年に対し、拾つたというがお母さんに見せたかねと尋ねたところ、A少年は自分のすきなようにしなさい、というたというので、Tの母はこの少年らは未だ時計を盗むなどというような大したことはすまい、恐らく、家庭の品を持出したのであろうと思い、A少年が他へ売却したら取り返しがつかなくなるから一時預つておいてあげようと考え、A少年に対しては、あんたが金が入るなら貸してあげようといつて千円を渡し、かつ、お母さんに時計は預つておくからといいなさいと申し聞かしたが、翌日Aの母が取りに来ないので、Tの母はAの母を○○町の宅に訪ねたけれど不在であつたためそのままにしていた、その翌日、警察で調べ中であることが判り、直ちにその時計を警察へ届出でたわけである。」かようなわけで、T少年の母は子供の盗んだ品を他へ売却したり、自分が買受けるなどしたことは全然ない。

このことは少し調べたら直ぐ判ることであるのに、前記警察の取調べにおいても関係人から供述調書をとることなく、調査官も、少年法第七条によつて取調べができるのにT少年の母に対し一言の質問もせず断定的記録を作成し、裁判所も審判に当り少年法第八条によつて調査しなければならないのに何ら審尋もせず、一方的に「母が少年の盗取して来た賍品を他に売却してやるなどの行為があり」と断じ、Tの保護者に適格なしとして少年院送致を決したのは、全く法令無視の独断であり、審理不尽、重大な事実の誤認であるといわねばならない。

(3) 本件少年調査票<3>家庭欄の中に、「兄姉共に盗癖があり、軟派で、問題少年であつたのは、父母の言行不一致から形成されたものではなかろうか」とありTの家庭では盗癖のある者で揃つているように記録されているが、少年の兄姉は未だ嘗てそのような嫌疑を受けたことはない、何を根拠としてこのようにいわれるのか、而もこのために、T少年をこの一家の保護にゆだねることができないというように理由づけようとしているのは以つての外である。

第五、本件弁償関係についてもT少年の保護者はその責任を尽し本書添付被害者よりの書面の通り、その一切の支払を了している。T少年保護者は当初、共同行為者であるO少年の保護者と協議して弁償したいと考え、十数回訪問したが、「どうにもならん」とて拒否され、K少年の保護者にも相談したが、「警察には用はない」とて一蹴され、その他共同行為者の保護者はいづれも誠意なく遂にTの保護者だけが、A、M、Kらの分からOの分まで負担し支弁したのである。

しかるにOもAもMもKも皆許されて保護観察で済んでいるのに、ひとりT少年のみが少年院送致となつたことは、どうしても納得できないことである。

以上の通りT少年を少年院に送致した原決定は少年法三二条の「決定に影響を及ぼす法令の違反、重大なる事実の誤認又は処分の著しい不当」のいづれにも該当するものである。

(附添人弁護士 佐竹晴記)

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